By Noboru Mizuki
高まるePROへの関心
6月12日開催のMedidata NEXT 2019 Tokyoの「Patient Cloudの市場動向とMedidataのソリューション 」のセッションで、電子的なPatient Reported Outcome(ePRO)への関心が高まっていることを紹介しました。
当日、実施した全来場者を対象としたアンケートでも、興味のある製品としてRave ePRO/eCOAが最も多い結果でした。また展示ブースで行ったアンケートでは「ePROを使用してみたいと思われますか?」という質問に対して、ご回答いただいた方すべての回答がYesとなりました。
ePRO導入における運用上の課題としては、評価尺度インスツルメンツの版権・承認(42%)、導入リードタイム(31%)、デバイスの手配・管理(27%)が懸念事項として挙げられ、施設での受け入れは課題として認識されていませんでした。
なぜPRO(Patient Reported Outcome)が注目?
医薬品産業は生命関連製品を取り扱う、研究開発志向型の製造業として発展してきました。他の産業と同じく、時代のニーズに合わせて医薬品開発のあり方も変化しています。もともとは、開発者(Developer)が中心の医薬品開発でしたが、今は「患者(Patient)」「支払者(Payer)」の視点がますます重要になってきています。ここ数年来、日本でも外資系の製薬企業を中心に、HEOR(Health economics and outcomes research)やMA(Market Access)などの部門が立ち上がってきています。研究開発と営業の中間という位置づけの部門で、まさに「患者中心」や「医療経済性」の実現を担う役割を期待されています。
患者エンゲージメントが重要に
企業戦略を達成するうえで直面する重要な課題*1は、被験者募集 / 登録の改善、臨床試験データの信頼性の確保、被験者参加継続の強化などがあります。患者エンゲージメントを高めて主体的に治験に参加してもらい、高品質のデータを収集していくことが求められています。患者エンゲージメント低下によりドロップアウトが生じているPhase 3試験*2は40%にも達しており、製薬企業にとっては患者視点での臨床開発の推進は優先的に対応すべき課題となっています。
患者中心の医薬品開発を投資対効果で評価するのは難しいです。ただ、患者エンゲージメントへの10万ドルの投資で、NPV(Net Present Value)が6,200万ドル増加するという試算もあり高い効果が期待されています*3。それは、プロトコル策定段階に患者の意見を反映させて、プロトコル改定の回避や患者参加(エンロールメント)の改善が期待できるからです。欧米では製薬企業のPatient Centricity活動が広がっており、製薬協が実施したアンケートでは治験実施計画書作成への患者団体の参画を行っている企業は日本では4%なのに対し、欧米企業では58%でした*4。患者エンゲージメント向上の観点からPROデータの重要性が高まっています。
医療経済性という視点
医療経済性評価の観点からもPROデータに注目が集まっています。製薬企業にとって、製品価値を最大化するために医薬品の価格設定が重要です。新薬を開発するには多大な時間とコストがかかっています。今までは上市した後に、MRを大量投入してSoV(Share of Voice)を高め、トップラインを引き上げようとしてきました。しかし、これからはエビデンスに基づく適正な薬価で保険収載されて、それを維持していくことが重要になります。
医薬品の主な指標として使用されてきたのが「有効性」「安全性」です。本年4月から費用対効果評価制度が本格導入され、「経済性」も加味されて評価されるようになりました。経済性を評価するにはICER(増分費用効果比)を計算する必要があり、その効果を算出するにはQALYs(質調整生存年)評価が必要です。このQALYs評価では、薬剤の有効性と安全性のみでなくQOLの変化を定量化しなければなりません。そのQOLを測定できるのはPROというわけです。
費用対効果評価での対象品目は、ピーク時予想売上高が100億円以上が中心(年間10品目程度)となります。ただし、対象品目が少ない場合には、ピーク時予想売上高が50億円程度も候補となります。今まで、研究開発部門の目標は医薬品シーズを次フェーズに進めていき承認申請することでした。これからは開発段階から後工程(薬価戦略、QALYsを意識してQOLデータを取得するようなプロトコール策定をする等)を意識した開発計画が求められています。
現時点では、この費用対効果評価は薬価改定の際に利用することが想定されています。しかし、持続可能な社会保障制度を維持することを考えると、近い将来、薬価算定まで影響を与える可能性もあります。
「今後、試験デザイン、 期間 、成功率に影響を与える8つのトレンド」でもPROは3年以内にインパクトを与える可能性80%と位置づけられています*5 。2012-2016年の5年間で、希少疾患を対象とした治験の22%でPROが含まれており(EMA承認)、癌領域の治験の70%でPROが含まれています*5 (EMA/FDA承認)。グローバルでのeCOA市場は、9億5,800万USD(2017年)から29億8,600万USD(2025年)と、8年間で約3倍と急速に伸長することも予想されています。*6
なぜ紙PROではなくePROなのか
PROへの期待が高まる中、FDAやEMAといった規制当局はガイドラインを通じて、ePROの利用を推奨しています。紙から電子にすることで、原データの信頼性・品質・トレーサビリティを確保することができます。そのため原データの電子的な取得を促しています。
紙PROは駐車場でまとめて過去の内容を記載するような「まとめ書き」のリスクがありますが、モバイル端末を用いて電子的にデータ収集する方法であれば、普段の生活の中でタイムリーにPROデータを入力できます。また、紙PROとePROを比べると、ePROのほうがデータポイント変更は67.6%少なく、DCF(Data Clarification Forms)は37.5%少ないと言われています。つまりePROを使うことでデータクリーニングなどの手間が少なく、高品質のデータの入手が可能になります。
ライフサイエンス領域においてもAIやRPAなど様々な新しいテクノロジーが注目されています。中でもePROは、導入期を経てすでに成長期へと進展してきています。メディデータは2013年12月にePROの提供を開始し、現在では200試験以上での導入が進んでいます。2014年から2018年の5年間でePROを使った試験数は12倍以上に急増しました。日本での実績も、16社31試験(2019年7月時点)に達して、今後もさらに増加していくことが予想されています。日本社会でもデジタルデバイス自体が普及してきている背景もあり、以前に比べて患者・施設側も受け入れの環境が整ってきていると言えます。
Chan”g”eは一文字を変えると、Chan”c”eになります。ドラスティックな変化に対応するのか、今まで通りのやり方を踏襲するのかが問われています。ePROをきっかけにデジタル変革で新たな世界を創りませんか?
*1 : Using Data and Analytics in Clinical Development: An Industry Perspective An eBook from Medidata Drawn from an online survey of clinical research, Companies Fielded in Conjunction with PharmaVoice 2017
*2 : Pharma Times article published in 2014 entitled, ”Sisrupting Clinical Trials”.
*3 : Levitan B, Getz K, Einstein E L, Goldberg M, Harker M, Hesterlee S, et al. Assessing the Financial Value of Patient Engagement; A Quantitative Approach from CTTI’s Patient Groups
*4 : 患者の声を活かした医薬品開発 -製薬企業による Patient Centricity- 2018年6月 日本製薬工業協会 医薬品評価委員会 臨床評価部会
*5 : IQVIA Institute, Mar 2019; Clinical Development Trends Impact Assessment, Jun-Jul 2018
*6 : Persistence Market Research, 2017 ‘ePRO, E-Patient Diaries and eCOA Market:Global Industry Analysis 2012 – 2016 and Forecast 2017 – 2025