
2003年のBMJのコメント記事で、Ian Kennedyは次のように述べています。「患者さんは自分自身の経験、感情、不安、希望、そして願望に関して専門家である」1
この引用は、患者さんの健康体験を真に理解するために直接的なフィードバックを得ることがいかに重要であるかを強調しています。20年後の現在でも、この考え方は電子的臨床アウトカム評価(eCOA)が目指す中心的な理念となっており、患者さんの声が臨床試験において正確かつ効果的に、意味のある形で反映されることを保証しています。
現代医療は、医師や専門家が一方的に決定し、患者がそれに従うというような従来のアプローチ 2 から脱却を進めています。この変化は臨床試験の実施方法にも影響を与えています。3 医学の進歩をトップダウン型で推進するのではなく、患者を最優先し、その意見や貢献を重視する姿勢が強調されるようになっています。同時に、技術の進歩により、紙の記録日誌などの従来のデータ収集方法が電子的臨床アウトカム評価(eCOA)に置き換えられ、より高い正確性と患者の関与が可能になっています。この変化は、患者の体験を向上させるだけでなく、臨床試験におけるデータの質を高め、エラーを減らすことにもつながっています。
現在、eCOAは臨床試験における臨床アウトカム評価データの収集において主流の方法となっており、患者データの収集方法における革命を示しています。この紙からの脱却の重要性を完全に理解するには、eCOAの基本概念と、臨床試験でそれを導入する際の重要なポイントを探ることが不可欠です。
臨床アウトカム評価の種類
アメリカ食品医薬品局(FDA)は、新しい医療介入を評価する際に、有効性と安全性のデータに大きく依存しており、その中で臨床アウトカム評価(COA)のデータが重要な役割を果たしています。COAは、患者の感じ方や機能4の状態を測定し記録するための手段であり、通常、質問票として実施されます。
現在、COA(臨床アウトカム評価)には4つの主要な種類があります。4:
- Patient Reported Outcome (PRO):
PRO(患者報告アウトカム)を通じて収集される測定データは、患者自身が健康状態について直接報告したものであり、他者による解釈が含まれません。短縮版健康調査票(SF-36)は、患者の視点から健康関連の生活の質を測定するために広く使用されているPROの一例です。5 - Clinician Reported Outcome (ClinRO):
医師や訓練を受けた医療専門家が、患者の状態、行動、または臨床的な兆候を観察した後に行う測定です。例としては、コロンビア自殺重症度評価尺度(C-SSRS)があり、これは臨床医が自殺リスク 6 を評価するために使用するものです。この方法は、特に中枢神経系(CNS)試験で広く用いられる臨床アウトカム評価(COA)です。 - Observer Reported Outcome (ObsRO):
患者を日常的に観察している人(親や介護者など)による報告に基づく測定です。通常、患者自身が自分の状態を報告できない場合に使用されます。たとえば、小児用生活の質評価尺度(PedsQL)は、子どもや若者の健康関連の生活の質を測定するために親が記入するものであり、ObsRO 7(観察者報告アウトカム)の一例とされています。 - Performance Outcomes (PerfO):
標準化された課題を患者が実施し、その結果を訓練を受けた専門家が評価するか、患者自身が独立して完了することで行われる測定です。例えば、6分間歩行テスト(6MWT)は、臨床環境で患者が6分間に歩いた距離を記録するものであり、医師がその結果を評価します。これはPerfO 8(パフォーマンス評価アウトカム)の一例とされています。
Electronic Clinical Outcome Assessment (eCOA)
従来、COAの質問票は紙の形式で作成され、実施されていましたが、技術の進歩と電子的なデータ収集の利点に関する証拠が増えるにつれ、このプロセスはデジタルプラットフォームへと移行しました。これにより、電子的臨床アウトカム評価(eCOA)が誕生しました。
臨床試験におけるeCOAでは、提供されたモバイルデバイス、タブレット、ウェブベースのソリューション、または患者自身のモバイルデバイス(BYOD:Bring Your Own Device)などの電子機器を使用して患者データを収集します。このアプローチは、データ収集を現代化するだけでなく、従来の紙ベースの方法に比べて多くの利点を提供します。
eCOAの利点:デジタルが紙を上回る理由
「駐車場効果」とは、患者さんが研究プロトコルで定められたタイムリーなスケジュール(例:毎日)に従って評価を行わず、医師とのフォローアップ面談の直前に急いで紙ベースの評価を記入する現象を指します。Stoneらによる説得力のある研究では、この問題が示されており、従来の紙ベースの方法が臨床試験で持つ重要な限界が強調されています。この問題が、電子的データ収集(eCOA)の初期導入を推進する一因となりました。eCOAは、より正確で信頼性の高いデータ収集を実現し、研究プロセスの効率化、患者の関与および順守の向上を可能にする数々の利点を提供します。以下はeCOAの主な利点です:
- データ品質の向上
eCOAは、患者さんが指定された期間内に(例:毎朝)デバイスでのみフォームを記入できるように設定することが可能です。また、分岐ロジックを利用して、患者さんの以前の回答に基づき不要な質問をスキップさせることで、データの矛盾を防ぎます。さらに、eCOAはすべてのエントリーの日付と時間を自動で記録し、データが正確で、完全かつタイムリーであることを保証します。これにより、紙ベースのCOAでは達成できない精度が確保されます。加えて、患者さんにタイムリーな通知を送ることでデータの記入漏れを防ぎ、より完全で高品質なデータが規制当局による審査プロセスを円滑にします。 - 患者体験の向上
eCOAの導入において経験豊富なプロバイダーが提供する、直感的で患者さんに優しいデザインにより、従来の紙ベースの方法と比べて患者がタスクを簡単に完了できるようになります。自動化されたワークフローやタイムリーな通知により、患者さんへの負担が軽減され、順守率と高品質なデータ収集が臨床試験を通じて向上します。紙ベースの方法とは異なり、物理的な書類の管理が不要となり、データ記録のエラーが減少し、患者中心の体験が一貫した参加を促進します。また、患者さんが自身のモバイルデバイスを使用して試験データを提出できるため、参加および順守の負担がさらに軽減されます。 - 二次データ入力の削減
eCOAは紙ベースのデータの手動入力が不要になるため、紙ベースの方法で一般的な二次データ入力エラーのリスクが軽減されます。データはデジタル形式で直接収集され、試験のEDC(電子データ収集システム)に直接取り込まれるため、データの完全性が維持され、臨床研究の現場やスポンサーにとってデータ管理が簡素化されます。これにより、データベースロックまでの時間も短縮されます。 - 管理負担の軽減
紙ベースの書類管理に関連する管理負担は非常に大きいですが、eCOAシステムは研究チーム、施設スタッフ、および患者さんにとってこれらのプロセスを効率化します。これにはデータ収集、モニタリング、データの整合性確保において良い影響を与えます。これらのプロセスが自動化されることで、臨床研究コーディネーターやデータマネージャーの負担が大幅に軽減され、運営効率が大きく改善されます。 - コスト削減
eCOAの導入には初期投資が必要ですが、研究全体を通じた長期的なコスト削減効果は非常に大きいです。手動データ入力の必要性を減らし、エラーを最小限に抑え、データベースロックまでの時間を短縮することで、臨床試験全体のコストを削減します。さらに、患者データ収集プロセスを自動化することで、データ品質と順守率が向上し、規制当局の承認が迅速化され、市場投入までの時間が短縮されるため、投資対効果がさらに高まります。
eCOA導入のベストプラクティス
テクノロジーの活用は多くの利点をもたらす一方で、既存のワークフローやプロトコルに適切に統合されないと課題が発生します。 eCOAの導入は、eCOAシステムの構築から臨床試験への導入、そして試験データを適切に収集するためのすべてのプロセスやタスクをカバーします。成功するeCOAの導入には、これまでの多くの経験から学んだ教訓に基づく慎重な計画と実行が必要です。
確立されたベストプラクティスに従うことで、スポンサーやCRO(治験実施機関)はeCOAの利点を最大限に引き出し、潜在的な課題を最小限に抑えることができます。 これには、eCOA技術プロバイダーとの調整、質問票の適切なライセンス取得、試験設計への細心の注意、試験構築の厳格なテストなどが含まれ、これらがスムーズな試験開始と継続的なサポートの簡素化に寄与します。以下に、これらの重要なステップについて詳しく説明します:
- eCOAプロバイダーとの連携
試験プロトコルは治療領域や疾患の適応によって大きく異なるため、特定の試験設計をサポートできる適切なeCOAプロバイダーを選ぶことが非常に重要です。試験の要件を完全にサポートするための専門知識と能力を備えたプロバイダーを選ぶことが不可欠です。これらの能力には、ユーザーフレンドリーなソフトウェア上で試験を構築し運用するための技術だけでなく、試験のセットアップ、継続的な調整、ヘルプデスクサービスなどの運用サポートも含まれます。 - ライセンスと翻訳
ライセンス取得は、質問票の著作者やツールの所有者から試験で使用する許可を得るための重要なステップです。このプロセスを早期に開始するために、eCOAプロバイダーと早めに連携することが不可欠です。さらに、COAは通常、言語的な正確性と文化的な適合性を確保するために適切な翻訳プロセスを経る必要があります。これにより、試験に参加するすべての国で、正確かつ意味のあるデータが収集されることが保証されます。 - 設計、構築、統合
eCOA導入の設計フェーズでは、eCOAシステム上での質問票の要件や画面の設計を策定し、最終決定します。この設計は、eCOAプロバイダーとスポンサー/CROの両者によってレビューおよび承認される必要があります。設計が確定すると、eCOAプロバイダーはフォームの構築を完了し、関係するシステムやデバイス(例:EDCやウェアラブルデバイス)とのシステム統合およびデータ転送の仕様を確立します。 - ユーザー受け入れテスト (UAT)
ユーザー受け入れテスト(UAT)は、試験チームがシステムをテストし、ニーズと仕様を満たしているかを確認するフェーズです。このステップでは、eCOAプロバイダーとスポンサーが協力してUATプロセスを計画し、すべての機能と使用ケースがテストされるよう厳密なスクリプトに従って実施します。また、各役割の割り当てやデバイスのセットアップも行います。テスト中に発生した問題はすべて追跡され、解決されます。このステップは、UATの結果をレビューし、承認することで完了し、システムが本稼働に向けて完全に準備できていることを確認します。 - トレーニングとサポート
臨床試験において、患者さんや施設スタッフなどのエンドユーザーに対するeCOAの使用トレーニングは、負担を最小限に抑え、試験を成功させるために不可欠です。このトレーニングプロセスでは、患者さん、施設、試験チーム向けにカスタマイズされた教材を、eCOAプロバイダーと連携して作成および承認します。包括的なトレーニング計画により、試験のニーズに応じたすべての必要なガイドやドキュメントが準備され、タイムリーにエンドユーザーに提供されることが保証されます。さらに、治験責任医師会議(インベスティゲーター・ミーティング)向けのeCOAトレーニングコンテンツも計画および開発し、eCOA技術に関する明確なコミュニケーションと教育が行えるようサポートする必要があります。
eCOAプロバイダーを選ぶ際の考慮事項
eCOAプロバイダーを選ぶ際には、臨床試験のニーズに適合したソリューションを提供できるかどうかを確認するために、いくつかの要素を慎重に評価する必要があります。
構成可能性が重要
プラットフォームは、シンプルなeCOAフォームから高度に複雑なものまで対応できる柔軟性が求められます。また、一からコードを書く必要がない構成可能な設計が理想的です。
相互運用性(インターオペラビリティ)
電子データ収集(EDC)やその他のデータシステムとのスムーズなデータ統合と効率的な管理が重要です。プロバイダーがEDCとeCOAの両方のシステムを社内で提供している場合、臨床試験のライフサイクル全体がさらに効率化されるというメリットがあります。
患者および施設にとっての使いやすさ
eCOAのユーザー体験は、患者さんや施設スタッフの意見をソフトウェア開発のプロセスに取り入れた、患者さんおよび施設中心のデザインであるべきです。これにより、患者さんの順守率が向上し、臨床試験の成功につながります。
検証済みツールへのアクセス
eCOAプロバイダーが検証済みの評価ツールにアクセスできることで、試験開始までの準備期間が短縮されます。また、スポンサーがeCOAフォームに簡単にアクセスできるグローバルライブラリの概念が注目されており、将来的な視点を持つeCOAプロバイダーを選ぶ際には、この機能が重要な要素となります。
eCOAの未来
臨床試験の環境が進化し続ける中で、eCOAプロバイダーには、患者さん、施設、スポンサーの体験を継続的に向上させるために、革新的で先進的な姿勢が求められます。現在、eCOAプロバイダーは臨床試験の実施方法を変革する多くの新技術を導入しています。例えば、eCOAによる主観的データを補完するために、ウェアラブルデバイスとの統合が進められており、連続的かつリアルタイムで客観的な健康データの収集が可能になります。これにより、患者アウトカムの包括的な把握が可能となります。また、試験がより分散型(Decentralized)になるにつれて、センサーとeCOAが組み合わさることで、患者さんは自宅から試験に参加できる柔軟性を得られ、アクセス性と利便性が大幅に向上します。さらに、AIを活用したデータ分析によって新たな可能性が広がり、意思決定が強化され、データセットがより広範囲な用途に活用されるようになります。
結論
eCOAを臨床試験に組み込むことは、従来の方法からの脱却を意味し、患者中心の研究に対する重要性の高まりに対応するものです。eCOAがもたらす利点は明確であり、データ品質の向上、患者さんおよび施設の体験の向上、そして運用効率の向上が挙げられます。
臨床試験のライフサイクル全体でベストプラクティスに従うことで、スポンサーはこれらの利点を最大限に引き出すことができます。テクノロジーの進化や分散型モデルへのシフトが進む中で、eCOAは真の患者さんの声を正確に捉え、医学の進歩を推進する上で引き続き重要な役割を果たします。
臨床試験でのデータ品質と患者エンゲージメントを向上させるために、eCOAの導入をぜひご検討ください。COAを活用した臨床試験の詳細については、ぜひご覧ください。
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